カテゴリー別 '説法'

10th 7月 2009

七つの災難

若有持是。(にゃくうじぜ) 観世音菩薩名者。(かんぜおんぼさつみょうしゃ) 説入大火。(せつにゅうだいか) 火不能焼。(かふのうしょう) 由是菩薩。(ゆうぜぼさつ)

威神力故若為大水所漂。(いじんりっこにゃくいだいすいしょひょう) 稱其名號。(しょうごみょうごう) 即得淺處。(そくとくせんじょ)

 

若(も)し是(こ)の観世音菩薩のみ名(な)をつねに持(たも)っている者は、設(たと)え大火の中に入っても、是の菩薩の威神力に由(え)るが故に、火も能(よ)くこれを焼くことが出来ないのである。若し大火の中を漂う様な事があっても、其(そ)の名号(みょうごう)を称(とな)えれば、即(すなわ)ち浅い処(ところ)を得ることが出来る。

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20th 6月 2008

窮(きゅう)すれば則(すなわ)ち変(へん)ず 変ずれば則ち通づ

事態がどん詰まりの状態にまで進むと、そこで必ず情勢の変化が起こり、変化が起こると、そこからまた新しい展開が始まる、と言うのだ。

「易経」によればこれが、人間世界を貫く不変の法則だという。確かにそうであるに違いない。

我々の処世でもっとも気になるのは、窮した時、つまりどん詰まりの状態に陥ったときの生き方だ。相当な人物でも、ここで取り乱したり、ヤケを起こしたりして進退を誤る事が少なくない。「易経」のことばを信ずるなら、そんな時にこそ、慌てないで情勢の変化を待てばよいのですよ。

ただし、指をくわえてただ待つのではない。「君子は器を身に蔵し、時を待ちて動く」なのである。つまり、能力(器)を磨き、それを身に蓄えながら満を持しているのだ。

こういう待ち方をすると、必ずや情勢の変化に応じて新しい展望を開く事が出来るにちがいない!

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11th 6月 2008

自然の恵み

二十一世紀に、自然を多く残そうと各団体が運動しているのをよく見聞きします。

自然を守ることは、大変なことです。数百年から数千年の年月を経て現代に残っているのですから、それを守るということは運動とか言葉だけでは済まされないのです。

テレビのコマーシャルで、「自然は天然のホスピタル」と耳にした事はありませんか。

自然とは、神仏が私達人間の生きていく為に大切なものとして与えて下さっているのです。 全国には、多くの山川があり、色々な美しい自然を私達に与えて下さっています。

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