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| 2011年3月11日に発生いたしました東北地方太平洋沖地震の被害に遭われた皆様、関係者の方におかれましては、心よりお見舞い申し上げると共に一日も早い復旧をお祈り申し上げます。 |
このホームページは金勝院 信徒六念会によって運営されています。
御仏の教えは私達の生活を豊かなものにします。また、人の迷いや悩みが解決に向かう手助けもして下さいます。私達が心掛けているのは、訪れて頂いた方に御仏の教えを分かりやすい言葉で伝えていくことです。
六念会からのお知らせ
- 平成二十三年度夏護摩は、都合により中止となりました。
- 平成二十三年度石鎚団参は無事終了いたしました。
- 平成二十三年度石鎚団参は7月2日〜3日です。参加ご希望の方はお早めにお申し込みください。
- 平成二十二年度夏護摩は、無事終了致しました。参加者の皆様お疲れ様でした。
- 平成二十二年度夏護摩は、7月25日に執り行います。護摩木(数量限定)はお早めにお求めください。
本尊回向 午前12時より - 平成二十二年度石鎚団参は無事終了致しました。参加者の皆様お疲れ様でした。
- 平成二十二年度初護摩は、1月31日に執り行います。護摩木の準備は整っております。但し、数量には限りがございますので、ご入用の方は早めにお求め下さい。

最近の世の中では占いブームが巻き起こっているようです。世の中の景気の低迷、政治不信、将来への不安はつのるばかりです。誰しもが、未来を知りたいという願望は持っていて当然でしょう。
古来より、様々な手法で同じような事が行われています。信徒六念会会員の皆さんがお世話になっている金勝院での「お尋ね」に付いてこの場を借りて少々おさらいをさせて頂きます。
そもそも「お尋ね」とは誰に尋ねるのでしょう?お寺で一番偉いのはご住職だから仙覺和尚なのかな?確かに金勝院にお邪魔して相談するのはご住職です。でも答えを導き出しているのはご住職ではありません。金勝院のご本尊なのです。
ご住職は、皆さんの悩みや相談事をご本尊に問いかけ、そのお返事を皆さんに分かりやすく教えてくれているのです。その微妙な部分を、初めて訪れた方はもちろん、何度か訪れた方も勘違いされている事があります。でも、考えてみれば初めての方は誰かが連れて来たわけで、本来はお連れする方がどうすれば良いかを、上手く伝えて無かったとも思うのであります。当然、その責任は六念会役員の私達にあるわけで、この場を借りてお詫びを申し上げます。
長々となりましたが、「お尋ね事」の返答はご住職の意思ではございません。御仏からのお導きですから一瞬の自己満足や、自分の考えと違うからといって、聞き流すような事の無い様にお願い致します。ご住職はお尋ねに来られた方へは、訳隔てなく精一杯の橋渡しをしておられます。
【信徒六念会総代より】
このホームページをご覧になって、初めて金勝院を知った方も大勢いらっしゃると思います。ホームページ開設にあたり、遠方の方でもウェブサイトを通じて、「お尋ね事」を受け入れて頂けるようにご住職にお願いしております。対応時間の制約はあると思いますが、ご一報頂ければご予約を承ります。
御真言
おん・せんだら・はらばや・そわか
月光菩薩(がっこうぼさつ)
み名 人は誰でも自由の身になれる
設復有人【せつぶうにん】。 若有罪【にゃくうざい】。 杻械枷鎖【ちゅうかいかさ】。 検撃其身【けんげごしん】。 稱観世音菩薩名者【しょかんぜおんぼさつみょうじゃ】。 皆悉断壊【かいしつだんね】。 即得解脱【そくとくげだつ】。
設(たと)えば復(また)、人(ひと)が有(あ)って、若(も)し罪(つみ)が有ったにせよ若(も)し罪(つみ)が無かったにせよ、杻械枷鎖によって、其(そ)の身を検撃(けんげ)されても、観世音(かんぜおん)のみ名を称(とな)える者は、皆悉く断壊(ことごとくだんね)して即(すなわ)ち解脱(げだつ)を獲(え)ることができる。
何も悪いことをしていなければ、囚われの身になることはない。 と思っているとすれば、それは少し考えが甘いのではないでしょうか。 現実に運悪く殺人事件に巻き込まれて捕らえられて、三十年間も獄中にあって、再審の結果ようやく無罪になった人もいます。
また、商用で海外に行きゲリラに襲われて、何十日も文字通り杻械枷鎖された気の毒な人もいます。
「杻」は木製の手かせ、「械」は木製の足かせ「鎖」は囚人が逃亡をするのを防ぐ為、足をつないでおく鎖です。
囚人の「囚」という字は、人の周りを囲ってあります。本来、自由な人間が、罪も無いのに家畜みたいに囚われて杻械枷鎖される、なんとも情けない話ですが、もし、こんな事になったらどうすればいいのでしょうか。
もっとも、自ら罪を犯して獄に繋がれた人は、全てを諦めて自分の犯した罪を鑯悔し、おとなしく刑に服せばいいでしょう。 けれども、無実の罪で囚われた人の気持ちは、無念のやりきれない思いで胸がはちきれそうです。「どうして俺だけがこんな不幸なめに遭わなきゃならないんだ!」と、天を仰ぎ地に伏して嘆いてみても仕方がありません。
こうなれば、観音様のお力にすがるしかないのです。 一心に観音様の御真言を唱えて念ずれば、不思議な事にいつの間にか、手かせ足かせの木が裂け、首かせの板は割れ、足首を締め付けていた鎖は切れて、自由の身になっています。
これは、決して夢ではありません。ただし、こんな目に遭ったあなたが、観音様を信じればの話です。
観音様は信じられないし、だいいち御真言なんて聞いたことがないというのでは、唱えようがありません。
それは、今までご縁がなかったのです。今、あなたが観音様のお力を知ったということは、二度とないチャンスなのです。
この機会に、観音様の御真言をしっかり心に刻み込んでおいて下さい。
毎月の十八日に参詣に起こしになっている方は、しっかり身についていることでしょう。

古代の日本では罪人は杻械枷鎖【という長い木製の首かせに、頭と両手をはめ込み身動き出来ないようにクサリで留めていた。 中国では十王図の絵の中に、地獄の責め道具として登場する。 古代、罪人は家畜以下の扱いを受けていた。 この絵はその象徴。
御真言
おん・かかか・びさんまえい・そわか
地蔵菩薩(じぞうぼさつ)
若多愚痴【にゃくたぐち】 常念恭敬【じょうねんくぎょう】
觀世音菩薩【かんぜおんぼさつ】 便得離癡【べんとくりち】
無盡意【むじんに】 観世音菩薩【かんぜおんぼさつ】
有如是等【うにょぜとう】 大威神力【だいいぜんりき】
多所饒益【たしょにょうやく】 是故衆生【ぜこしゅじょう】
常應心念【じょうおうしんねん】
もっと皆さんに分かりやすい言葉で言うならば
若し愚痴の心が多くても、常に観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)を念じて恭敬刷(くぎょうす)るならば、便(すなわ)ち癡(ち)を離れることが得られる。無盡意(むじんに)よ、観世音菩薩はかくの如(ごと)き等(とう)の大威神力(だいいじんりき)が有るので饒益(にょうやく)する所が多いのである。この故に衆生(しゅじょう)は常に心に念じているべきである。
と、なります。
更に普段使う言葉に置き換えてみると
過ぎ去ってしまった時間のことを、過去と言います。そのようなことは誰でも知っているのに、どうにも取り返しがつかない過去のことにいつまでもこだわって「・・・たらなぁ!」「・・・たのに!」と嘆くのは、どうでしょう。これを「愚癡」といって三つ目の心の 毒です。「愚」は、猿の仲間で一番頭の働きが鋭いものという意味の字です。などと解説するのも愚かなことかも知れません。「癡」は「痴」とも書きます。「痴」は「知」が病気になっているのです。病気になった知恵が「・・・ればなぁ ・・・たらなぁ!」と操りごとを言わせているのです。また「痴」は、病的なほどに人を疑うことです。それを「疑心暗鬼」といって、あまり疑い過ぎると心の暗闇に鬼が見えてきます。「死んだ子供の年を数える」ということを言います。そして、あの子が死んだのは、きっと学校でいじめられていたからだわ。周囲にあんな悪い友達がいたからなのよ。学校の教育が悪かったんだわ。こんな事になるんだったら、あんな学校へ行かせなければよかったのに・・。と愚痴るのです。愚痴はやがて恨みに変わりそれが憎悪になり、これが三毒といわれる所以です。
三毒は〈貧・瞋・癡〉という言葉で表します。貧は、性欲ばかりではなく、食欲、睡眠欲、財欲、名誉欲も、五欲というこの世の欲望を「自分だけが満足したい」という気持ちで貧るから、一番の毒と言ったのです。そこから瞋恚の心が起こり、愚癡となるのです。
人間には、百八つの煩悩がありますが、それを集約すると結局は、この三毒に落ち着きます。この、三つの三毒が一つでも心にまわった時は、速やかに観音真言(おんあろりきゃそわか)を、一心不乱にお唱えください。観音様は、偉大な神通力をもっておられるのでその声にこたえて、貧りの毒を消し、瞋恚の毒を消し、愚癡の毒を消して、たくさんの曉益(曉益の曉は「豊か」、益「ご利益」)を与えていただけることは間違えありません。
仏の教えには非常に奥深いものがあります。考え方、捉え方一つで人生は変わります。そうです。心の変化があなたの行動を変えるのです。ただ一人で悩んでいては何も変わりません。教えを請う勇気 一歩を踏み出せば全てが変わります。